AIコラム vol. 9

AIコラム vol. 9

2025.6.10

ライター 半田孝輔

【加速するAI開発と新潮流SBNR。フィジカルな感覚を求める人類】

今回はAIの活用というより業界の動向、テクノロジー発展の裏で台頭しているニーズに目を向けたいと思います。

先日、大手広告代理店2社が相次いでAIに関する興味深い発表を行いました。

電通グループの「dentsu Japan」はOpenAI社の最新AI技術を活用し、マーケティング領域に特化したAIエージェントの研究開発をスタートすると発表。プロジェクトは社内の独自AI等級制度によって認定された「主席AIマスター」率いる約150名のAIイノベーターを中心に進められ、OpenAI社の「ChatGPT Enterprise」などを活用し、2025年7月に開発を完了するとしています。

また、博報堂では社内の業務効率化を進めるAIが活躍中。TBWA HAKUHODOのCCOである細田高広さんの思考プロセスを模倣した通称「細田AI」が企画の磨きあげなどを実行。半年間で4,000時間の業務削減効果がもたらされるということです。ちなみに細田AIは24時間稼働可能。当の細田さんも「自分で使っていても自分っぽいな」とのこと。「まだ社内だけの利用」としながらも、外部向けサービスとしての展開がうかがえます。

広告業界最大手の2社がほぼ同じタイミングでAIエージェントの開発を発表した経緯に何か背景がある気がしてなりません。電通は社外向け、博報堂は社内向けと目的が異なりますが、その力の入れようと開発スピードが示しているものは何か(dentsu Japanは“7月には完了”としています)。双方とも、企画やリサーチなどクリエイティブ業務で発生する時間をデータ解析・構築によって短縮し、細分化した消費者ニーズを捉えるとともに、PDCAを高速で回すことで顧客満足度を上げようとしています。

最大手だからこそ実現できることだと思います。同時にPDCAを高速で回すにしてもその分の「量」が増えるだけで長時間労働などは是正できるのか疑問が残ります。ただ、自動車工場のように、あらゆる「つくる」場面を生成AIが代替することも考えられます。さながら広告物のオートファクトリーのような。業界に限らずですが、人の手が介在する仕事は、現在の工芸品のような価値を持つようになるかもしれませんね。

【フィジカルさを求める人類。「SBNR」がローカル企業躍進の鍵か】

業務効率化が生産性を向上させる。それは経営やビジネスの鉄則とも言え、時代がどれだけ進もうとも変わる気配がありません。AI時代が到来し、その計算能力に頼ることで業務処理を加速させる。生産性向上を至上命題として仕事をしていると、経営者も雇用者も自営者も関係なしに「効率化の手段」として働かざるをえません。それは構造的な病とも言えます。

テクノロジーが目覚ましく発展する裏で、それに伴う身体の失調も増えています。私自身、デスクワークの日々で体の不調を感じることが多々ありますし、事あるごとに「フィジカルさがほしい!」と口にしています。日頃好んで歩いたり、趣味でマラソンに参加したりするのも反動としてあるかもしれません。

現在、世界的にもある潮流が注目され始めています。

それは「SBNR(Spiritual but not Religious)」。日本語では「無宗教型スピリチュアル」あるいは「特定の信仰を持っていないが、精神的な豊かさを求める人」と訳されます。

2000年代のアメリカ発祥の概念とされ、日本では2023年に博報堂と博報堂DYグループのSIGNINGが発表したレポートによってその意味が日本式に定義されました(「SBNRレポート」)。現在では新しい行動様式、消費者ニーズとしての理解が進んでいます。

自分の心と体に向き合い、内側の声に耳を傾ける。自然とのつながりや調和を意識しながら、心が整う健やかな日々を送る。そんなあり方を重視する層が、とくに若者世代で増えているといいます。昨今、ヨガや瞑想、歩く、ランニング、サーフィン、サウナ、アウトドアなどがブームにとどまらず一定の愛好者たちを生んでいるのもその流れかもしれません。

またSBNRはアメリカ発祥ではありますが、思想としては東洋に深く根差したものであり、日本では真新しいものというより昔からある身近な文化・習慣とも言えます。先のレポートでも日本はSBNR資源大国とされています。円安などの影響もあり海外旅行者が増えていますが、彼らの目的としてSBNR的な体験を求めて来訪しているとも考えられます。

ここまで綴ってきてあることに気づきます。そう、日本をSBNR資源国とすると、大都市よりも地方にビジネスチャンスがある。とくに「ガラパゴス」とも表現されるような宮崎県にこそチャンスがある。それも、よりローカルになればなるほど、景観のみならず密度の濃い文化や風習が残っている。

AIの発展の裏で広がる「フィジカルさ」を求める動き。大手広告代理店が一見相反するようなAI開発とSBNR研究の双方を行っている背景が気になります。SBNR的な要素を掬い取ることに、資本に限りのある地方の中小・零細企業が生き残るヒントがあるように思います。